先祖供養(=魂の救出)の効能☆自然治癒力研究会の人類史上究極の波動エネルギーの伝授を創造主から頂いています。※伝授拡散キャンペーン中です。 創造主の波動エネルギーの伝授拡散に協力していただける方を募集しています。 協力に同意くださった方は、伝授料を半額にさせていただいています。 クリックして☞ 伝授で気になることなど、何でもお気軽にお問い合わせください。 ★供養は成功法である 世の成功者に、一番手っ取り早い成功法は何か? と尋ねて、多く返ってくる答えに 先祖供養があります。 先祖供養? 成功法に関心のある人でも、霊的存在を否定している人はまず拒絶反応を起こす で しょう。とはいえ、成功者や大手企業のトップが成功の秘訣は何かと尋ねられると、 ほとんどの人が自分は運がよかったと答え、またそのなかの多く が先祖供養を欠か さないと語ります。 たしかに、たとえば代々続いている老舗などでは、まず先祖供養は、伝統の祭りのよ うに、どこでもごく当然のごとく継承されていることでしょう。 また、強運のたまもののような芸能人なども伝統的に神仏を畏敬し、験(げん)を担 いだりする体質ですから、目に見えない先祖のお御霊(みたま)に感謝し、供養を心が けているという人の割合は多いでしょう。 ただし、これだけでは、成功と先祖供養の因果関係が明らかになったわけでは ありま せん。先祖供養をやっていなくても、成功している人はたくさんいます。 つまり、先祖供養が成功を生んでいるというよりは、成功している人は、もともと 先祖供養を重んじる背景を持つ確率が高いということになります。 逆に、貧困層は、先祖供養などやっている余裕がないという確率が高いはず。 東大生は、親が高収入の確率が高いというのは統計的な事実ですが、かといって、決 して貧困家庭から東大生が出ないわけではありません。 統計の取り方をきちんとしないと、科学的なグラフは描けませんね。 ★供養効果の事実はある しかしながら、何事もうまくゆかず、八方塞がりなときに、墓参りをしてから急に風 向きが変わって、窮地が救われたという話がけっこうあるのです。 これらはすべて偶然なのでしょうか。 先祖供養をすることで救われる、なんらかの見返りがある、という考えは、 一般的に ご先祖様へ祈念することで、その方々からサポートをしてもらえるという考えです。 この世の図式でいえば、政治家に陳情するというようなものでしょうか。 あの世の霊的ネットワークに働きかけて、この世に介入してもらうというわけです。 ここで怠ってはいけないのが、過去世における先祖供養です。今世のご先祖様は何か と注目され、それなりに手だてを受けられるチャンスもあるかと思いますが、過去世の ご先祖様は誰にも相手にされずに、見捨てられた存在になる霊が多いようです。 このようなご先祖様をお救いすることで、より大きな霊界のサポートが受けられるよ うになるでしょう。 ★無縁仏を供養して大成功した 実をいうと、見返りのある供養というのは、あの世の先祖(血筋)や縁者だけが対象 になるのではありません。霊的存在なら何でもいいのです。 ある食品業界の三代目で、難しい開発を成功させた男がいます。その業界で初めて、 まず無理だといわれていた製法を独自に開発し、一般消費者にまで大きなブームを引 き起こしたのです。 日経の一面を飾り、TVだけで30回は出たそうです。 彼がその開発に難儀していた頃、たまたまある霊能者と縁があって、工場の敷地の 外れに無縁仏の遺骨が沢山埋まっているから、それを供養してあげてください、そう すれば大きな功徳になりますよ、といわれ、その言葉どおり実行したら、その後まも なく開発が成功し、大成果を収めたというのです。 開発の機が熟していた時期と、たまたま重なっただけなのかもしれませんが、 彼自 身霊感のある人間なので、あの開発が成功して製品が売れまくったのも そのおかげ、 すなわち霊的功徳によるものだといまだに信じています。 「情けは人のためならず」をもじれば――、 「供養は霊のためならず、おのれの福運のためにあり」ということになりますね。 ★目に見えないものへの供養こそ見返りは大きい 供養というのは、死者の冥福を祈って法会を営むことをいいます。 ふつう、死者が対象です(追善供養)。 この世界の生きている人、とくに有力者に貢物をすれば、何かと利便をはかってもら える機会は増えるでしょう。現実世界での供物(貢物)は、賄賂が端的な例で あるよ うに、現実的な効果があります。 それでは、死者を供養して、この現実世界の自分にどうしてよい影響を生むことにな るのか?です。霊的世界を迷信だという人には、とても理解できない話でしょうが。 ★命(イノチ)は目に見える存在だけではないのです。 (命=意識=魂)ということになります。即ち非物質界で命は生きています。 どんな形態でも、他のイノチを利すれば、自分の利となって返ってくるという のが、 この世とあの世の宇宙の法則なんです。「情けは人のためならず、回り まわって自分 の徳(得)となる」です。 それにまた、その対象が小さく貧しいものほど、陰徳であればあるほど、逆に見返り は大きいのです。貧しいものにこそ神は宿る、と思って損はありません。 もし無縁仏を供養して、そのおみたまが救われたとするなら、その恩に報いる ために 応援してくれるということもあるでしょうし、そんなふうに救われた霊からの直接の 応援が得られないとしても、「情けは人のためならず」の法則どおり、福徳を得られ るからです。もちろん、福徳は福運になります。 先祖には、浮かばれない御霊(イノチ)がたくさんいます。この世で捧げる灯明は、 あの世の道を照らす光にもなるのです。 利己の近道は利他なんです。 利己と利他は、メビウスの輪のようにつながっています。 ★極度に集中された念は物質化される 切羽詰まった祈りほど、念は集中されます。 たとえば、車にはねられても、かすり傷ひとつおわないで助かったという例が多々あ ります。 「危ない!」 と人が思ったとき、意識は凝縮されます。その凝縮された念が、瞬間的に自分の体を コントロールしたか、あるいは瞬時に潜在意識の奥まで潜って、この世の3D世界を 操作したかです。 念を極限まで集中させたとき、たんにお願いするだけではなく、イエスの成功法の極 意の祈りをするのです。 「祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおり になります――」 あの実践です。 神仏や先祖に向かって祈るカタチにはなっていますが、その力を頼りにするのではな く、頼るのは自分の祈りの力なのであって、これはあくまで自力、もはや他力ではあ りません。 その自力のパワーをより高めるための舞台装置が、供養のカタチなのです。 そう思えば、供養なんて、と思う人や、他力を嫌う人にとっても有効になります。 どうせ、この世で社会生活を営んでいくかぎり、そのような儀式は欠かせない のです から。うまく利用しましょう。 創造主に感謝です! . |